ZXR750回顧録3【実用・廃車編】


みなさまこんにちは。
シンチャンズ1号です。

回顧録2からの続き。

1990年にシンチャンズ3号と一緒に2台まとめて格安で手に入れたZXR750。
3号のZXRは事故で既に無く。
(本人は骨折明けに姉が嫁いだバイク屋に中古であったCBX750ボルドールを手に入れた。)

我がZXRはよく走り、そして大いに転んで納車数カ月時点でボロボロになってた。

■当時よくお邪魔していた先輩がやってた京都の喫茶店ディランで。これはまだキレイな状態。が、よく見ると左側のナックルガード部分が既に欠損。



歴代の所有バイクのなかでも最も過酷に使用したこのZXR750。

まずは通学。
大阪北部、枚方市の自宅から京都の学校まで片道約30㌔。
ほぼ毎日走って行ってた(休みの日もバイトあったし)。


当時は通学通勤バトル全盛期。
自分も御多分に漏れずで、アクセルは全開か全閉にしてた記憶しかないほど。
(めちゃくちゃ速いのも居た)


■写真はシンチャンズ2号のGSX1150EFと。よく八幡市の川沿いで夜中に待ち合わせた記憶がある。
2号は大津市から短時間でやってきてた。ある加工技術が、施されているがとても書けないのだ→書いたのだ!


遠方にもよく行った。
横浜なんかにも「暇なんで」みたいな感じで頻繁に行ってた。
高速、休憩少な目でいけたら4時間弱。
おまわりさんに捕まらないように細心の注意を払ってた。
ZXRは結構速かったけれど高速隊の〇〇カーも速かった。


■写真は伊豆に行ったとき。
・上の写真のBELLヘルメットにシンプソンのステッカー…。
・下の写真は箱根ターンパイク。
(なぜかカウルが欠けてない。車検の前に変えたんだっけか)


たくさん走ったのでタイヤもよく減った。フロントなんて3千キロくらいでアウトだった。

純正のブリジストンのサイロックスは良くなかったので減ったらミシュラン59X。
ど素人でも、良いタイヤだと分かった。


燃費はすっかり忘れたけれど、ず〜っと全開で走ったときは最低記録の6㌔/㍑以下、みたいなワースト記録は出した。

その時はガス欠などとは思わず、完全にエンジンブローと思った。(満タンにして数十分、たかが100キロメートル走ってガクッと失速したらそりゃ…)

■写真はどこかな。こんな格好で乗ってたんです。



トラブルとしては、ギア抜けがあった。
あとはフォークオイルがよく漏れた記憶がある。


1990年に購入して、2年で約3万キロ。
車検を一回通した。(当時はバイクは新車でも2年車検)


で、車検通したすぐあとに事故。
結構ひどい事故で。人間は足が途中から曲がって骨とか飛び出てみたり頸椎が折れてみたり。半年近い入院へ。
その後は一年以上リハビリや通院

バイクも分かり易いイッパツ廃車。■イッパツ廃車の判断がしやすい状態。
よくここまで前後に伸びましたね〜。


■部品取りにもならない


ひょんな事から手に入れたZXR750。
最初は「カワサキか…すぐ壊れたら嫌だなぁ」と思ってた。

それが過酷に使って3万キロ。
最後の方はヘッドから少し音はしていたけど、整備さえしたらまだイケたような気がする。

ハンドル低いのはしんどかったけど、ガッチリした車体は当時の使い方にはベストマッチだった。


■これは博多ツーリング。一緒に行ったワルイヒトたち。同じZXR750でも国内仕様と輸出仕様の違いをまざまざと見せつけられた。
(またの機会に書けたら良いけど、あまりにもひどくて活字にするのがちょっと…)→まあ何とかしましたwwww→コチラ


当時も今もカッコいいと思ったことは無いし、また乗りたいなあ、などと思ったことも無い。
なんか変な感情ですね。
輸出仕様とかだったらまた違ったのかな?(笑)


でも。
一番バイクにのめり込んだ時代。
ヤバイ局面を幾度も切り抜けた、その時の相棒がカワサキZXR750だったことは間違いないです。


おしまい。


ではでは。